短い人生を終えた小学生

悲劇の小学生1年生は、それから更に時間が経って午後1時42分、流れが淀んでいる深淵付近の底に横たわっているのを、素潜り漁がベテランの地元の中部電力社員によって発見された。

その5分後に救出され、現場で応急手当ての後、病院に搬送されて必死の蘇生手当が施されたが、2時間半後に心停止が確認され、短い人生を終えた。声を枯らして励まし、付き添っていた父親の絶叫に近い悲鳴が、関係者の心を突き刺した。

水難騒ぎの現場から離れた白川町民会館では、オルガン・フェスティバルが午後2時過ぎ、美智子妃殿下と紀宮さまをお迎えして予定通り開かれた。午後3時過ぎには大きな盛り上がりのなかで終わり、美智子妃ご一行は白川の更に上流の黒川沿岸で、オルガン工房を開設している聖心女子大時代の親友宅を訪ねられ、翌日ご帰京された。

この悲劇の事件があった夜、飛騨川を遡ったJR高山線沿いの町にある萩原署では、H署長が警衛に当たった応援部隊の活動を称える訓示を行い、部隊を解散させた。水難小学生の救助に走った2人の警察官は、重要な警衛の現場を独断で離れたことを叱責されるかと緊張していたが、署長は「救難活動は、岐阜県警の評価を高らせしめた」と、果敢な行動を褒めた。

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