UNCANNY(世にも不思議な偶然の出会い)
10月4~5日、兄夫婦が計画してくれて、箱根仙石に一泊の旅に出かけた。兄夫婦は、千葉市に自宅があるので、1日目は、それぞれ秋の箱根を愉しみ、夕方旅館で落ち合うということになった。
我々は、早雲山~湖尻間の更新されたばかりのロープウェイに乗ってみようということもあり、箱根フリーキップを購入してでかけた。
まず小田原からバスで元箱根へ、私の最も好きな美術館の一つ、成川美術館に立ち寄り、そこからあの旧街道の杉並木を歩いて、箱根町まで行き、完成された箱根関所跡をのぞいて、近くのそばやで昼食をとった。
そこから、箱根海賊船にゆられて桃源台へ、途中素晴らしい富士山にも出会えました。桃源台から新しくなった大型のロープウェイに乗り、途中大涌谷で下車、再び終点の早雲山まで、登山電車に乗り換えて、強羅公園下駅で下車、今日の一つの目的であった箱根写真美術館を訪ねた。
写真美術館といっても、私も最近新聞の小さな記事をみつけて、今回の訪問となった次第です。公園下駅で降りて、美術館への入口のT字路にあった英語のHAKONE MUESEUM PHOTO―GRAPHYの看板を見落として、行き過ぎてしまった。
そこは、民家の並ぶ一角に、ガラスばりのドームのような建物をみつけた。遠藤 桂という40代の写真家が、自宅を改装して、2002年に箱根写真美術館を設立、自身の作品を常設とするほか、新進作家による展覧会など企画運営していた。
中にとうされると、中年の女性がおられて、入館料は 500円ということで払う時に、わるいクセというか、下見心がでてしまい、何か入館料の割引券を出されていますかと、何も値切るつもりはないのですが、この頃何処へ行っても、温泉に入ってスーパーマンになる会の下見のつもりで、情報を入手しています。
箱根は本会では、年に2~3回は来ていますので、この写真美術館にも、次の訪問は、20人近いメンバーと一緒だなあと思ったからです。
すると、受付におられた女性は、後に写真家遠藤 桂氏の奥さんだとわかりましたが、彼女いわく、そういうことなら2人で900円にしておきますといわれるので、お言葉に甘えました。
そこへ一人の老人があらわれ、館内案内しましょうと、見ると、そこに置いてあった写真館のパンフレットに載っている遠藤 桂氏の写真に良く似ておられたので、お父さんですかとたずねると、そうですということで、丁寧に展示写真などの案内をしてくださった。
遠藤 桂氏は、この強羅に住んで、箱根の各富士山のビュウポイントに四駆をかってでかけ、富士山の写真を撮っているとのこと。月あかりでの富士山を一つのテーマに、大観山とか十国峠からの富士山と月など、すばらしい写真があった。
富士山のビューポイントなどについて、私自身も富士山おたくで興味があり話がはずんだ。そして、ここでの再会を約してわかれました。
その日は、強羅からバスで仙石の湿生花園に立ち寄り、仙石高原のリゾートホテルに兄夫婦と一泊しました。
あくる日は、近くの仙石すすき原をみて、評判の「箱根ずし」で昼食後わかれた。その後我々は、施設めぐりバスが、御殿場のプレミアムアウトレットに行くということで、いって見ることにし、そのバス時刻まで約一時間ありましたので、バス停近くの箱根ラリック美術館に、時間つぶしのつもりで立ち寄った。
それが、ガラス工芸品の展示くらいに思っていたが、びっくり、ガラス器のみならず、近代のあらゆる生活必需品にわたっての装飾に美をつくりあげた、そして生活に豊かさを与えた、フランスのアーチスト、ルネ・ラリック氏の偉業ともいえる作品の数々が並んでいて、思いがけず感動した。
またゆっくりきて見たいと思った次第である。
そして、施設めぐりバスで御殿場プレミアムアウトレットに行き、目的にしていた旅行鞄も見つからず、帰途についた。
同じく施設めぐりバスで仙石までもどり、小田原行きのバスに乗り換えて、女房と種々迷った末、箱根湯本駅で小田急に乗り換えることにした。
湯本駅で新宿行の急行に飛び乗った。それが、四号車だった。もう少し余裕があれば、7号車あたりに乗っていると思われたが、、、、。
発車間際、ドアの閉まると同時に、我々の反対側の斜め前の席に1人の老人が飛びこんできて座った。ふと、両方から眼をあわせて、一瞬びっくり、すると先方から、昨日きていただいた小川さんですねと、名前まで覚えていてくださった。
昨日訪問した写真美術館で案内してくださった、遠藤 桂氏のお父さんだったのだ。
何という偶然が、、、、。
これこそ、UNCANNY、、、、。そして、電車は走りだした。まだ時間的にも乗車客は少なく、お互いの隣の席は空いていたが、どちらからも移らず、というよりも移る時間も惜しいという気持で、向かい合ったまま話がはずんだ。
彼は、小田原駅の近くのマンションに帰るところだった。小田原駅に着くまでの間、写真美術館では話たりなかったことなのか、奥さんが書道で活躍していることやお互いの趣味の話までとびだした。
わたしが気になっていた入館料を2人で900円にしてもらったことに話をむけると、すぐに、皆さんお帰りになってから、あの受付にいた息子の嫁とすぐ話になり、あなたは、大変いいことをしたよ、ああいう方が、我々の理解者で、こういう美術館を支えてくださるんで、割引券や団体割引なども考えようと話したんですよと。それを聞いて私もほっとした。
それから、この電車で再会したときの一番の印象は、わたしのヤンキースの帽子だったと聞いた。
彼は、昭和8年生まれの76歳、今でも、4×5のカメラを担いで、東京の下町などに写真を撮りにでかけるとか。再会を約して、小田原で手を振ってわかれた。
UNCANNYとは、すばらしい出会いであるとも思った。



