SOS
山田 潔
私のテニスのホームコートは先進研の裏側にある開成グリーンテニスクラブである。前身であるアミーコート以来20数年ここでテニスを楽しんでいる。
以前はこのクラブにはオムニコートが1面しかなく、その他はハードだったので年配者は足に負担がかかり敬遠する人が多かった。私は終身会員なのでクラブを変えるわけにもいかず、閑古鳥なくコートで昔なじみとさびしく遊んでいた。
2年前、オーナーの三浦さんが頑張って経営を一新し、オムニコートを増やして雨天コートも整備した。そして短期会員の入会金を無料にした事などから会員が大幅に増加し、中高年の仲間もどんどん増えてきた。
一緒にゲームを楽しんでいるうちにお互いの気心が知れ、仲間のクラブを作ろうという話になって2007年8月に出来たのが「SOS」である。曰く「(S)すてきな(O)おじさん(S)シルバーチーム」。命名は大脇さんである、さすがにうまい。
スタート時のメンバーは11名、今は15,6名になっている。だれでもニューボール4個持ってくれば入会出来る束縛のきわめてゆるいクラブである。練習への参加は全く自由である。平均年齢は60後半、幸か不幸か私が最年長。練習は毎週火、木の2時から日暮れまで、月に1回クラブコーチの隆コーチにコーチしてもらう。
隆ちゃんは私の息子と足柄台中学の同級生で気持ちのよい青年、アメリカ仕込みのプロのコーチで、今でも毎年2週間フロリダでのコーチ合宿で腕を磨いている勉強家である。ここで習った技を次月までにマスターするつもりがなかなかそうはいかない。
何ヶ月か前のバックハンドと未だに苦戦している状態である。しかし少しずつ進歩しているという実感は皆持っている。その他の日はコーチ代理でもあるただ一人50代の酒屋のナベちゃんこと渡辺さんが面倒を見てくれる。最初1時間半くらいはストロークやボレーの練習。
ぐるぐる相手を変えて回りながら殆ど休みなしに打ちまくるハードな練習である。毎回実戦的な新しいメニューを考えてくれて面白い。
世話役は開成町が大脇さん、南足柄が重田さんである。
大脇さんは昨年は宝永噴火300年で大活躍、テニスは少しお留守になった。今年は得意のシングルスで復活するだろう。技ありのテニスの切れ味が少し落ちているがああいうテニスには練習が欠かせないのだろう。
重田さんは元校長先生で今は2つの幼稚園の園長さんである。忙しいなか寸暇を見つけて組合せ用の籤を作ったり練習時間用のタイマーを持ってきたりいろいろ面倒を見てくれる。会議の続きに背広でやって来てコートで着替えることもたびたび。
ボレーがうまく綺麗なテニスである。すぐに決めたがる私とは対照的につないで十分楽しんでから決めるといったタイプでお手本にしなければならない。
ひげの佐々木さんはダイナミックなストローク、技ありのドロップ、意表をつくロブを巧みに使い分ける強者である。またコーチに教わったバックのドライブショットの私の練習相手でもある。
二人ともこれまでスライスのバックしか打てなかったのが、隆コーチの指導でドライブが打てるようになった。少なくとも練習ではかなり打てる。しかしゲームになると殆ど決まらない。1ゲームで1本決まればよい方である。これを何とかしようと空き時間に打ち合っている。
佐々木さんは開成町の幼稚園バスの送迎運転を隔週でやっている。その園児達がコート付属のフットサルコートに若いお母さんに連れられてやってくる。その一人一人に佐々木さんは、がんばれよ、とか今日はうまくできたか、などと声をかけ、園児たちも、おじいちゃん、こんにちは、など大きな声を出して走ってくる。
最初の頃は挨拶なしで入って来ていたお母さん達も、我々も、皆お互いに声をかけ合うようになった。佐々木さんの人柄からくる自然な行動が園児の素直な心を介してこの年寄りグループと若い母子達の間に和やかなふれあいを作り出した。大切な事を教えられた気がする。
平野さんは私より5ヶ月若い。しかしテニスはこのメンバーでもっとも若い。日本テニス協会の全国年齢別シングルスランキングに挑戦している平野さんは65-69才の年代で50位くらいまでいったが年と共にだんだんランクが落ちてきた。
今年70才になり、新たな気持ちで70-74才でのランクアップに挑戦するという。平野さんの得意はバックハンドの鋭いストロークである。独特のコンパクトな振りからくる球は低く早く、それこそピンポイントのようなコントロールで飛んでくる。
こっちの打ったコースからは全く予想のつかないコースで狭い間を抜かれてしまう。シングルスでは皆全く歯が立たない。ダブルスでも平野さんを相手にして勝つのは大変である。平野さんのランクアップはメンバーに大変よい刺激になる。是非1桁台を目指して頑張ってほしいものだ。
代島さんは平野さんの練習相手でもある。水曜日以外毎日やっている。スクール主体でやってきた代島さんはこのグループが出来てから実戦的な力をぐんぐん上げてきた。平野さんとの練習もおおいに役立っている。もと甲子園球児であっただけに動きがずば抜けている。
抜いたと思っても曲芸のような身のこなしで返してくる。スタミナ十分で疲れを知らない。毎朝金時山に登ってもう1200回を越えている。外見も含めてとても60代後半とは思えない。ますます強敵になりそうだ。
影山さんは私がテニスを始めた当初からの仲間である。お互いにクロスのストロークが得意で打ち合っていると本当に楽しい。ストロークの調子が狂ったときなどは影山さんと練習すると矯正される。しかし最近影山さんの巾が広くなってきた。
まずストレートで抜くのがうまくなった。何回かクロスを繰り返して少し甘い球がゆくとパッとストレートでサイドを抜かれる。なかなかこれに対応できず何回も苦汁をなめている。またこのところ足が大変速くなった。
年を取ると遅くなるのが普通だが最近の影山さんの足には驚かされる。絶対あきらめずに追っかける姿勢が素晴らしい。そして今SOSでナベちゃんとボレーボレーの練習をよくやっている。これでボレーも強くなられたらお手上げだ。私もなにかやらなければ!
小柄な遠藤さんは定年後も毎日東京の会社へ通っていた。しかしSOSが始まってからは火、木を休みにしてしまった。昼前から来て暗くなるまで多分一番数多く球を打っている。体は小さいが全身スタミナの固まりのような遠藤さんは素晴らしいパワーテニスを展開する。
そのスピードについて行くのは大変であるがうまくかみ合うと非常に面白い。一方女性には大変親切で人望がある。早めに来て男性がいないときなど、空いている女性のコーチ役をやっている。
私の家内などは遠藤さんに打ってもらうとうまくなったような気がすると云っている。遠藤さんがいるとその場の雰囲気が何となく明るくきびきびしてくる、そういう活発なキャラクターが遠藤さんの身上であろう。
最近女性が2名加わった。その一人神部さんは小田原地区でのトッププレーヤーのひとり、神部義幸君の母親である。以前親子で打っていたので息子に教えてもらっているのかといったら、教えてやっているのだ、と云う強気のおばさんである。
昨年退職して今テニスと山に燃えている。山は百名山を目指しているという。女性特有のしぶといテニスを展開して男性を煙に巻くことしばしばである。
昨年暮れ、同じクラブでテニスをやっている女性グループと親善試合をやった。奥さん達より1世代若い娘くらいの年代の女性チームとの試合は大変盛り上がり、結果は12勝12敗のドローとなった。この春再戦することになっている。
今度は試合後打ち上げをやろうといっている者もいるが果たして女性達がどう出ることやら?
これまで昔なじみと気儘にテニスを楽しんできた。SOSが出来てからは仲間の環が広がり、レベルアップを目指す気持ちになった。これをトリガーとして対外試合にも出てみようという気になり、先日小田原テニス協会主催のシルバーダブルス大会に出た。
抽選で組み合わせを決めて毎試合ペアーと相手が変わるこの大会は大変面白かった。上には上があることがよくわかった。結果は2勝3敗、初めてにしてはまあまあといったところか。
その会場でSOSメンバーの瀬戸さんから誘われて「フォーティーズ」という小田原リーグ6部のチームに入ることになった。もともと小田原リーグにはL&Mというクラブ名で出ていた。
このクラブは20年近く共にテニスを楽しんでいる仲間の親睦クラブで今も月に2回練習会をやっている。このチームの前身にはかってはAチームとBチームがあり、Aは小田原リーグ1部でも何回か優勝したことがある名門?であった。
Bチームは高年者と若手で構成されていたがAとBが合体して、若手が力をつけるにつれて5部から段々上がっていってとうとう2部になってしまった。3部くらいまでは勝てないまでも何とか形になったが、試しに2部の試合に出た65才のMさん曰く、“怪我するからやめた方がよい“。
そこで高年者は抜けることになり、ここ2年ばかり小田原リーグとは離れてしまった。今度のフォーティーズの6部は最後のチャンスとして楽しみである。
必ずしも勝つことだけが目的ではないが勝てば大変気分がよい。SOSでの練習にも気合いが入る。やはりスポーツには目標があった方がよい。
こんな訳でテニスが忙しくなってきた。3つのクラブでやっている写真、それに山登り、この3つをうまく回してゆくことが70代の課題だが、果たしてどこまで行けることやら?なんて云いながらこの原稿を出したらすぐにヒマラヤへ行くことになっている。
好きなことはやめられないものです。



