皇太子ご夫妻、見殺し記事を信じた?
この“特ダネ”報道は、M新聞の社内では高く評価された。同社岐阜支局にはM新聞中部本社(名古屋)から編集局長賞が贈られた。後日発行された同社の社内報は「今回の事件では、提供情報の適格な処理と、一つずつ事実を積み重ねるという取材の大切さ。
それをハダで知ることが出来た」と評価した。だが、全国を揺るがせた“警察官の見殺し”という倫理観も併せて訴えた大問題にも拘わらず、この特ダネ報道は日本新聞協会賞の対象にはならなかった。
現場の白川町では、事故後直ちにS町長が東宮御所(東京)を訪れ、皇室行事の最中にご迷惑をかけたことをお詫び申し上げた。対応したK東宮侍従には「警察は、目の前で溺れている小学生を見殺しにはしていません。救助活動をしています。そのなかで、一部の警察官部隊が水難現場を離れたのも事実で、それだけが新聞に取り上げられ、報道されました」と説明している。
その年の夏、長野県軽井沢でご静養中の皇太子ご夫妻(現・両陛下)は、宮内庁担当記者と懇談された。その時、妃殿下が訪れた岐阜県白川町での小学生水難事故に話題が及んだ。ご夫妻は、亡くなった小学生の両親の気持ちを思うと察するに余りあると述べられた後、「皇室警備には苦労があると察せられますが、国民のために広い視野に立って…」と話された。
この言葉は、ご夫妻は、警察は皇室警備を優先するがために、目の前で溺れている小学生を助けられなかった、と依然として思われているように聞こえる。それを、M新聞を除く各社の記者たちは、だれひとり“二つの事実”(救援した警察官たちと現場を離れた別の警察官たち)を申し上げることもなかった。たぶん、宮内庁担当記者たちも、この事故を報道した新聞記事を一読者として読んだ知識しか持っていなかったのだろう。
岐阜県の小学生水難事故救援活動は、いまもって正確に語られることもなく、流れの中に沈んだままである。その真実を知っているのは、報道という伝達手段を持たない地元白川町の住民たちだけである。
(おわり)



