ヤーラピーク登頂
3/15
ランドクルーザープラドに10人と荷物を一杯積んでカトマンズを出発。約80kmの道を8時間あまりかけて登山基地のシャブルベンジに着いた。ここはチベットとの国境から20kmくらい、近くに古戦場のあとみたいなところがある谷底の町でチベット方面から来る谷とランタンコーラの合流点である。
3/16
きれいな流れのランタンコーラに沿ってトレッキング開始。流れのすぐそばのなだらかな道と時々高巻く急な坂が入り交じり、所々にネパールの国花であるラリーグラスが咲き始めている。対岸の岩壁に巨大な蜂の巣が見える。ロープにぶら下がって蜜を取りに行くそうだ。このあたりの蜂蜜は濃くてうまい。最後の急な坂道を登ると今夜の宿ラマホテル(2420m)である。標高差1300m、8時間半は初日としてはややきつかった。宿のメニューは豊富でスパゲッティを食ったが結構いける。
3/17
この日はゴラタベラ(3008m)までの半日コース。11時頃に着いて午后はのんびり。風は冷たいが日向は暖かい。
3/18
ランタン(3340m)までの半日コース。昼前について村内を散歩。このあたり谷は大きく開けてランタン山群の展望がよくきくはずだが今日は曇っている。夏には高山植物が咲き乱れて登山家のティルマンが「世界で一番美しい谷」と名付けたところだ。夕方から吹雪になった。
3/19
快晴。新雪の上を正面にランタンの象徴であるガンチェンポを眺めながら何百メートルと続く長いメンダン(お経を奉納した石板、高さは2mにもなる)の列に沿って雪の花を賞でながら歩く。昼前にヤーラピーク登山基地のキャンジンゴンパ(3750m)に到着。丁度富士山くらいの高さだ。ゆっくり来たおかげで皆高度順応は順調。一休みして氷河を見に行く。とんでもない急坂を登ってキムシュン氷河の下標高4000mあたりまで行った。近くで見ると氷河は途方もなく大きい。もう一つ先のリルン氷河へゆく余裕はなかった。
夜食堂で信州大学山岳部の学生3人と出合う。ヤーラピークの下のツエリゴリ(4984m)まで行ったが凍っていてアイゼンなしではそれ以上行けなかったとのこと。
ランタンの各ロッジのメニューは共通で内容豊富。ネパール定食のダルバード(ネパール風豆入りカレー定食)、ヌードル、スパゲッティ、カレー、サンドイッチ、チャーハン、餃子etcがそれぞれ肉入り、野菜入り、卵入りなど数種類ずつある。味は日替わり場所替わりで様々だが結構食える。野菜チャーハンを注文するとおばさんが畑へ行って採ってきた。米と同じくらい沢山の野菜が入っていた。
3/20
高所順応日。近くの4450mの小ピークに登る。急な道をあえぎあえぎ登るが体調は順調なようだ。頂上へ着いたら雪が舞ってきて何も見えなくなった。
昼クライミングガイド達が到着。ここからヤーラピークまでの3日間はテント泊まりとなる。ヤーラピークへ登るにはライセンスを持ったガイドがつくことが義務づけられている。ガイドはマチェンダ、失脚した王様と同じ名前だそうだ。ルートなどいろいろ聞くがあまり要領を得ない。要するに雪次第ということらしい。
夕方やや下痢、ダイヤモックス(高山病薬、呼吸促進剤)を飲んだためか、急に冷えたためか。小田原の万能薬ういろうを飲み一杯着込んで暖まる。
3/21
腹治る。朝食はサンドイッチ、ボリューム味とも申し分なし。ここのロッジには立派なパン焼き器がありいろいろなパン、ジャーマンブレッドやフレンチなど、を売っている。欧米系のトレッカーが多くいたが殆どここから引き返す。この時期にヤーラピークに登る人は少ない。
ここからはテント炊事用具など全部持ってゆくために荷物がうんと増えた。我々のポーターもこれまでの倍くらい担いでいる。クライミング隊のポーターでは足らずにキャンジンゴンパの隣のロッジのおかみさんや若い娘も動員されて大きな荷を背負っている。ロッジが不景気なのでこうして稼ぐそうだ。2時間あまりで第1キャンプ(4250m)に到着。ずり落ちそうな所にテント設営。対岸のガンジャラ峠方面が開けて雄大な眺め。
午后から高所順応。今度は斜めにやや長い道を歩く。皆順調。突然下の斜面にブルーシープの大群があらわれた。以前にも何回か見たがこんな大群は初めてだ。誰かが勘定したら64頭いた。夕方から雪。
3/22
今日は5000mの高所キャンプHCまで行く予定だったが昨夜の雪で水場が埋まってしまったというので4750mにBCを張ることになった。あとから考えるとこの250mの差は大きかったのだがそのときはやむを得ないと思ってしまった。13時頃BCにつきHC予定地まで往復したがたいしたことはなく、体調は皆万全だった。夕方ガンチェンポが赤く焼けた
3/23
ヤーラピークアタック。やや寝坊して6時半に出発。快晴、青空に雪山が映えて素晴らしい。快調にHCを過ぎ急な登りにかかる。雪と岩が絡んで歩きにくい急坂を登ること2時間、やっと氷河の取り付き地点に到着したが雪が多くて手前の谷を渡ることが出来ない。かなり遠回りして氷河ルートと岩場ルートの分岐に着いた。
氷河ルートの方が楽なのだが、ガイドが氷河ルートは雪が多くてクレバスが見えないので200m位ザイルを張らねばならない、これには時間がかかるので無理だという。仕方がないので岩場に取り付く。
穂高のザイテングラードくらいの岩場でそれ自身はたいしたことはないのだが、雪がついて凍っているので神経を使う。それに標高5000mでは消耗が激しい。2時間くらいかかって岩場を抜けた5250mのところでランチにしたが殆ど食えない。吉田さんはもうここで待っているという。
ピークは遙か上に見えている。もう少し頑張ろうと歩き出したがとうとう足が前にでなくなってしまった。帰りにまたあの岩場を下ることを考えると少しは余力を残しておかなくてはならない。これ以上無理をせず100mほど登ったところで引き返すことにした。
吉田さんのところまで戻ってポカポカと岩にもたれて周囲の山々を眺めているとうとうとしてしまった。まさに天上の昼寝である。上を見ると遙か頂上のすぐ下で6人が固まっている。彼女達は頂上直下の岩場の手前まで行ってチベットを眺めてきた。残念ながら65才と70才の差がでた。
クライミングポーターがひとり下ってきて一緒に下ろうという。見ると彼はズック靴を履いていてぐしょぐしょになっている。冷たくて我慢できないので先に降りてきたのだという。彼の先導で何とか急な岩場は過ぎたが途中のちょっとした登りで吉田さんの動きが極端に遅くなった。ポーターがそれを見て登りのないルートで下ろうという。この好意が裏目に出て大変な悪路を遠回りすることになったがとにかく無事テントに戻った。
高山さん達はそれから1時間半くらいあと、暗くなる寸前に帰ってきた。帰着はまさに感激の場面だった。
3/24
キャンジンゴンパへ下山。再びあのうまかったサンドイッチを注文したが前回とは似ても似つかぬものが出てきた。レシピがなく作る人によって変わるらしい。
3/25
一挙にラマホテルの下のリムチェまで下る。往きの3日分を一日で下った。ここのSunset View Lodgeにはシャワーがあった。プロパンの臭いが充満する中で浴びた中国製湯沸かし器のシャワーは大変気持ちよかった。隙間だらけなのでガス中毒の心配はないらしい。
またここで絵に描いたようなイギリスのファミリーに出合った。豊かな銀髪の年配のレディー、テンガロンハットをかぶった似合いのご主人、そしてファミリーや友人らしき10名くらいのお仲間。写真を撮らせてもらったが私のデジカメの液晶画面をみて、Oh, Brilliant, Japanese high technology、とほめてくれた。



