滅びるのは地球でなく人間
さて、この文集では「地球を守る」をテーマに触れてみようではないかということになっています。
全文をこのテーマでは埋め尽くせないので、最後に少し記してみようと思う。
昨年は地球の温暖化をテーマにしたアメリカのドキュメンタリー映画「不都合の真実」や温暖化で生きる場所を失いつつある動物を扱った映画「アース」などが上映され、私も含め多くの人がこのままでは地球はおかしくなると認識した。
また地球は泣いている、怒っているという人もいる。地球規模で生じている大災害がすべて温暖化に起因しているとはまだ断言できないが、異常であることは疑う余地なさそうだ。
そんな大規模な話でなく我が家の庭先でもオヤと思うことがある。ボケの花は普通は春先に咲くが、昨秋にもう一度咲いているのを見かけた。
野ボタンという花は秋の遅くに咲き年内には咲き終えるのが普通だがこの冬は今(2月)も咲いている。人間には感じること無い微妙な自然現象の違いが草花には影響を及ぼすのだろうか。
視点を変えて見よう。私の思うところは“じたばたあがいても致し方ない”という事だ。
今のような大量生産、大量消費、大量廃棄の経済がこのままのスピードで動いていって数千年後どうなるだろうか。地球規模の温暖化で天変地変はもちろん起こるだろうが地球の全表面が荒涼たる砂漠と化すことはないだろう。
其の前に人間を頂点とする動植物が破滅か、自滅するだろう。
何億年もかけて環境に適応してきたDNAをたったの数千年で適応できるように組み立てることは出来るはずも無い。そして地球はそこからまた元気を取り戻すであろう。
かなりSFもどきになったがこんな流れを人間の英知で食い止めねば成らない。CO2の排出量の現状維持、もしくは減量が急務となっている。昨年の国際会議でも中国、インドを中心とする開発途上国は簡単に規制に応じる様子も無い。
日本でも国、地域、家庭、個人、企業、諸団体認識は新たに取り組もうとしているが個人として何をすれば、どれくらい減量になるのか見えてこない。
それでも行動したほうがベターと思ってはいるが、便利、快適、快速を味わうとどうしても大きくは崩せないのが現在の消費生活ということになる。
“まずは行動ありき”と自分では考えるが、あまりに大きな課題に対し、個人の出来ることがあまりにも小さく見えるのは私だけだろうか。
この1年「地球を守る」をテーマに勉強してみようと思う。
2008/2月記



