そこへ後続の警察部隊が
そこへ、この日の警衛応援である垂井警察署のマイクロバスが通りかかった。垂井署は滋賀県境に近い関が原にある警察署で、この日の応援部隊は9人。キャップは同署地域課のI警部補(35)。主婦が激しく振る手を見て急停車した。
主婦が興奮気味に話しかける声を聞いて、バス車内の垂井署員たちからは「大変だ!」という声が上がった。次々と外に出てきて、主婦の家の車庫付近から、河原前方の流れを眺め、既に始まっていた救援活動に加わるか、それとも救援活動は任せて、警衛のため警衛本部に直行するかなどを、声高に話していた。
このときの騒ぎを、そばの白川中学グランドに立っていた萩原署のKとEの2人の警察官が耳にして、河原へと飛び出して行ったと思われる。
垂井署のマイクロバスは、屋根の赤色灯の点滅を始めた。事件発生である。だが結論は「水難者の救援活動は既に行われている。部隊は集合時間の午後2時に間に合うように警衛本部に直行する」として、バスは全員を乗せて移動を始めた。
その前に、この部隊の警察官たちが河原に降り立ったかどうかは分からない。事故を知らせた主婦も、家の中に引っ込んでしまい、見ていなかった。I警部補は後で「河原には降りた。付近一帯では、未だ発見されない小学生を求めて関係者が動き回っていた」と筆者に語り、引率していた警察官たちは、いったんは河原に降りたと言った。でもそれは、筆者には言い訳に聞こえた。
萩原署のふたりの警察官が、バスの垂井署員たちの話しを小耳に挟んで動き出したのが午後1時30分頃。垂井署員たちが主婦の家の前からバスを移動させ始めたのが午後1時37分頃。これは事後の調査で報告されている時刻だ。
そうなると10分足らずの間に、ほぼ全員が護岸から石段伝いに広い河原に降り、水難現場近くから再びバスに戻るには時間が足りない。多分、河原には降りていなかったというのが、筆者の推測である。



