自費出版に至った経緯
昨年1月末、パデユー大学留学生同窓会(Purdue Club of Japan)役員仲間の高本さんの定年退職を祝う集まりをもった。一昨年9月、定年を迎えられた時は、元気が感じられなかった高本さんは生き生きしていた。
4ヶ月でこうも変わるのかと驚き、わけを聞いた。友人に紹介されて新しい職場が決まった、ということだった。
ちょうどその頃、新風舎から第28回出版賞募集の資料が届いた。締め切りは3月5日。在職時代に友人・知人を大切にした人脈形成が、高本さんの場合功を奏した、と考えた。
団塊世代の大量定年退職が話題になり「定職後の人生をどう生きていくか」がメディアの課題である。締め切り日が切迫しているので人数が限られる。
もう一人誘い、三人の体験談にまとめて応募しようと高本さんに提案した。高校時代の友人、原田さんが“三途の川をわたった体験”を記録していたのを知っていたので、高本さん、原田さんと小生の三人で何とかページは埋まると判断した。
「わの会」の対外出版事業を立ち上げようと事務局を交代したこともあって、
小泉会長にも相談した。期限ぎりぎりだがメンバーに呼びかけるべきかどうか
を。文集を十年以上発行して書き慣れている人もいる。
何人か参加してくれるのではないか、正面からぶっつかろうと案内を出した。小泉さん、山田さん、小川さんが協力してくれることになった。
特に、小川さんは、定年退職時体験記を新風舎から出版しようと編集者との
打合せ実績もあって、最初からやる氣十分だった。私を後押ししてくれた。
合計六人、何とか形は作られた。ラッキーセブンの七ができれば「七人の侍」になる、もうひとふん張りしようと思った。
たまたま、秦野尾尻八幡神社の氏子役員総代高橋さんに神社境内で会い、出版賞募集に応募する話をして誘った。手書きの原稿があるという。
一部追加・手直しして合計七名のオムニバス物語が完成し、3月4日、新風舎に郵送した。締切日、ぎりぎりだった。
新風舎の内部審査に提出された要旨を後日見せてもらった。次のように記されていた。
定年退職後のそれぞれの生き方を指南する7人の共著として描かれたオムニバス形式で、同じ団塊世代のそれぞれのあり方や生き方、考え方が伝わってきます。第二の人生について示唆に富んだ内容になっており、7人それぞれが定年後の人生を生き生きと楽しんでいる様子が感じられ、人生の良さを実感として伝える表現が魅力的です。日本を支えてきた世代、会社人間として生きてきた半生を元に、現役であり続けたいと精力的に活動する若々しさ、定年になってもさらに知識や交流の輪を広げようとする意欲、海外での体験と、いずれも興味深く読むことができます。天国に行くにもパスポートがいるというユニークな発想、その柔軟でウイットに富んだ感性も新鮮です。
全面的に出版社が費用を負担するのは、最高賞と各部門1位の6点のみ。過去このシステムで応募作品が出版された具体例を調べた。わが応募作品はとても最高賞と部門1位は無理だろう、と判断した。
このまま出版を諦めようか、面倒なことを一切しないで別のテーマに邁進しようか、とも考えた。もし止めてしまえば、今まで培ってきた「納得すること」を人生の指針としてきた自らの生き方を否定することになると思いはじめていた。どんな形であれ、「わの会」第1号として出版しようと肚を固めた。
新風舎と折半か、7:3ぐらいで出版できれば“オンの字”と思った。そうすると自費出版の形になり、各自が負担する費用をできるだけ少なくするために、12名ぐらいにはしないといけない。
現在、輝いて生き生き活動され、文章も書ける方に声をかけるしかない。文集15号まで数回は寄稿した「わの会」のメンバーに再度呼びかけたが反応はなかった。私が編集責任者として、各人の過去の文集を遡ってまとめるという方法も考えたが敢えてそうしなかった。オール「わの会」メンバーにならなかったことが、結果的には正解だった。理由はエピローグで記す。
拙宅のお隣にお住いでボランテイァ活動をライフワークとされている元富士ゼロックスの小林さん、「氣の健康学士会」でご一緒した元持田製薬の佐藤さん、元三井銀行の輪島さん、麻布のマンション管理人で元日刊工業新聞の記者をされた五味さん、その他家内の自然観察仲間たちに呼びかけた。10人になった。
キリストの12使徒に倣い2人を確保しようと「わの会」メンバーには個別に頼み、宍戸さんと多田さんが応じてくれた。
車人形の公演というビッグイベントを成功させた宍戸さんには、しめきり月末でイラストもお願いした。合計12名になった。すてきなイラストも届いた。これでいける!と思った。
新風舎の入選にはもれたが「7:3ぐらいの形で出版したい」と編集マネージ
ャーの中川真由美さんから連絡をいただき、打合せをした。装丁から製本まですべて新風舎がやり、専属ブックストアに置いて全国展開する等すべて任せると、220万円ぐらいの費用がかかるという。
12人で分担すると仮定しても、とてもこんな大金は出すことはできないと判断した。他を探すしかない。
そして、出版に関して関心をお持ちの知人・友人あらゆる人に「自費出版を応援してくれる印刷会社はないだろうか」とツテを求めた。
氣の研究会でお世話になり今でも交流のある木村尚紀先生が、池袋の印刷会社「(有)下田タイプ印刷」を紹介してくださった。10年以上「自費出版の会」を支援し安価で出版できることがわかった。
小川さん共々打合せをして、ソフトカバーで紙質を若干上げ、300冊、52万円で出版することにした。10月26日の開成カルチャーセンター発足に間に合わせたい、その前日、10月25日に本が完成した。



