「ひとり1日100グラムのゴミ減量」
東京都が美濃部亮吉知事の革新都政だったころ、杉並区内に建設される新しい都の清掃工場計画に杉並区高井戸地区の地元住民は激しく反対した。
ゴミの焼却場が建設されると、ゴミ搬入の清掃車が増えて交通事故が心配される、焼却による排出ガスで大気が汚染される、杉並区という高級感を漂わす住宅街がゴミという言葉で品格がなくなる、地元周辺の地価が下がる…というのが地元の清掃工場建設反対の理由だった。
その背後には、革新都政に批判的だった保守陣営の存在と、それを支持する地元地主たちの存在もあった。
この言い分に、当時東京23区のゴミ処分を“夢の島”地区で一手に引き受けていた江東区が怒った。
「自分が出したゴミは汚いから他の区で処分させるとは何事か。杉並区から夢の島に向って走るゴミ清掃車は、江東区内は1台たりとも通過させない」
有名な東京ゴミ戦争の勃発である。江東区長が先頭に立っての戦争は、結局“自分の問題(発生ゴミ)は自分で責任を持つ(処理する)”という当たり前の自治の原則で、3年後、東京地裁の和解勧告を受けた杉並区住民側が折れ収拾が図られた。
私の住む小田原市では、家庭ゴミの収集では当時黒いビニール袋が一般的だったのを分別の徹底を図るために中のゴミが分かる透明に近い袋に代えた。ゴミ収集ではパイオニアだった。そのアイデアが全国で採用されたと行政側は胸を張っている。
さらに、清掃工場の設備投資に力を入れて24フル操業の生ゴミ焼却を行い、ダイオキシンの原因となる燃焼ガスの低公害化や汚染排水の工場内でのクローズド・シズテム化も図られた。
だがここでも焼却灰の一部は県外に運搬して処理しているのが現状だ。この事実は小田原市のHPで知ったのだが、市民の殆どは家庭生ゴミは、出したらその後は小田原市が全て清掃工場で処理しているという認識しかないだろう。
域内循環型でのゴミ完全処理は難しい。循環型社会を作るのはさきの山形県長井市のような成功例はあるが、狭い日本では住民と行政がお互いに協力し合わなければゴミ問題の解決は机上の空論になってしまう。
小田原市はHPでこう言っている。「混ぜればゴミだが分ければ資源」「1人1日100グラムのゴミ減量を」。それを実行することが、大きく言えば地球を守ることに通じることになるのだが。



