ゴザインクンド
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ふたたびランタンコーラに沿ってひたすら下る。標高1500m位で左手の尾根に取り付きラリーグラスが咲くなかを2時間半登ってトルーシャブルに到着。ここは急な尾根の稜線沿いにロッジや民家が並んでいて平地は全くない。前の広い斜面は隙間なく段々畑で見事である。
我々が泊まったランタンビューホテルのテラスで休んでいると突然ドイツ語が頭の上を飛び交った。宿の若いおかみさんが登ってきたドイツ人のパーティに呼びかけたのだ。この宿には双子の息子がいて、アルジュンの友人である。その二人の奥さん達が切り盛りしている。
皆カトマンズの大学を出ていて語学は達者、次は日本語をやるうかと云っていた。双子の親御さんは健在であるがみな子供達に任しているようでおじいさんは神様へのお供え、おばあさんは孫の子守に精を出していた。
このロッジの部屋からはジュガールヒマールがよく見える。マナスルとランタンの間にあるこの山脈は標高7800mに達し朝夕素晴らしい景観であった。ここで疲れをすっかり癒し、ゴザインクンドへ向かった。
3/27
トルーシャブルを出て約3時間、標高差で1000m登って稜線に到着。日は照っているが風が寒い。稜線沿いにラリーグラスが咲き乱れる林の中を1時間半でシンゴンパに着いた。アルジュンが気を利かせて鶏を1羽買い夕食にチキンカレーを作ってくれた。
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林の中のだらだらした坂を登ってゆくと上からおばさんが2人下ってきた。アルジュンと盛んに話している。やがて先に立って我々を導くように歩いてゆく。しばらく行くと開けた所にバッティ(茶店)が数軒ありその一つに引っ張り込まれた。なんの事はない、客引きだった。
この道はゴザインクンドへのメインルートで夏にはヒンズー教徒で賑わう。今は閑季であるが少ない客を取りあっている。
登りが段々急になり両側がラリーグラスの林になるがこのあたりはまだ咲いていない。展望もよく花の盛期にはさぞ素晴らしい眺めだろう。はるか上の崖の上にバッティが見えてきた。
どこからともなく中学生くらいの少年が現れ、アルジュンに話しかけている。アルジュンはにこにこ笑いながら話している。そのうちさっき見えたバッティに入った。この少年も客引きだった。ここで昼食、蒸したジャガイモがうまそうだったのでそれを注文したら芯があった。
この先から聖地の領域になるらしくそれらしいゲートがあり、さらに急坂を登ってラウリビナと呼ばれる稜線に着くとそこに大きな祠があって中に仏像が安置してあった。晴れていればマナスルからアンナプルナまで見えるはずだかすんでいて何も見えない。
祭りの時には信者達のテントで一杯になる稜線を越えトリスリ河源流の目もくらむような崖っぷちの道を登ってゆくと右下に凍った湖が見えてきた。バイラブクンド、2番目の湖である。
さらにこの谷のどんづまりにある第1の湖標高4380mのゴザインクンドに到着した。全面結氷して表面に雪が積もっている。谷から冷たい風が吹き上げて非常に寒い。最初に入った表側の部屋は明るいがすきま風が寒くてとてもいられず、トイレの横の臭いが風の通らない部屋の変えてもらった。
このロッジは小屋番夫婦が国から借りていて年に20000ルピー払えばあとは自分の実入りになる。夏の祭りの時は室料が50ドル(約1500ルピー)で8月28日の前後1週間は満室と云うからあっという間に稼げてしまう。不便だがやめられないという。
季節外れのこの日もほぼ満員、若い連中が訳のわからない言葉でしゃべっているので国を聞いたらイスラエルから来たという。わからないはずヘブライ語だ。アルジュンの話ではここは日本人は滅多に来ないがヨーロッパやイスラエルからのトレッカーはかなり多いそうだ。
夕方から雪と雷、嵐になりますます冷え込む。どのロッジでも火があるのは食堂だけである。ここに薪ストーブがおいてあって夕方から火がはいり全員がここへ集まる。湯はストーブの上で沸かしている。薪は近くから切ってきたラリーグラスの枝が多い。
ヤクの糞が集められるところではそれを乾かして使い、ないところでは薪を燃やしてささやかな暖をとっている。このためラリーグラスがなくなると騒がれたことがあって日本のNPOが植樹にいったりしている。
しかし私が見聞した範囲では道の周辺ではかなりひどい切り方がされているがちょっと先にはうっそうたる林が広がっておりとても燃やしきれるとは考えられない。石油に置き換わるより、じいさんは山へ柴刈りに、の世界が続いた方がよいのではないだろうか。
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ゴザインクンド滞在。朝新雪の上をずるずる滑りながら近くのピークに登る。ランタンやジュガールヒマールは見えるが遠くのマナスルなどはかすんでいて良くない。ロッジで休養。ポーター達はトランプに夢中である。
昼食後日向でうつらうつらしていたらアルジュンが湖を回らないかと誘いに来た。他の人たちは行かないので私とアルジュン、それに熱心なヒンズー教徒のビムセンと3人で回った。
1時間半くらいで回れたが、湖畔にはヒンズーの象徴である性器を模した御神体を祭った祠や像があり、ビムセンはその一つ一つを丁寧に拝んでいた。彼はまた道の石積みが崩れているところを大きな石を持ち上げて丁寧に直していた。一見いかつい男だがはにかみ屋で気がやさしい力持ちだ。
3/30
ゴザインクンドからラウリビナヤク峠を越えてヘランブーへ向かう。皆ゴザインクンドの水を水筒に入れている。峠まで新雪の中300mの登り、朝からの登りはきついがマナスルがかすかに見えて元気が出る。
峠の手前にハート型の湖ガネシュクンドと頂上直下にスルジャクンドがあった。ここから南方10km四方くらいの間に108の湖があり聖地を形成している。もっとも全部回る人は殆どいないそうだが。
峠から一気に1000m下る。槍沢を下るようなものだ。そこのバッティに1992年に墜落したタイ航空機の部品があった。さらに今夜の宿コブテ3330mまでアップダウンの激しい道を4時間、ここはポーターも嫌う道だというが可憐なサクラソウが咲いていて励ましてくれた。
コブテのロッジは若い兄ちゃんが2人でやっていた。何を食わされるかと心配したがチャーハンは大変うまかった。



