ゴミは何故コソコソ出すの

平成10年3月、神奈川県はゴミ処理広域化計画を策定した。インターネットで検索してみると、ゴミ減量化の推進で循環型社会を作ると宣言している。そのためにゴミの適正な処理を広域で行うという。

この計画では、神奈川県西部では小田原市と足柄下郡地域(箱根町、真鶴町、湯河原町)は足柄上郡地域(南足柄市、中井町、大井町、松田町、山北町、開成町)と協議、調整をしながらゴミ処理の広域化を検討するとある。

家庭から出る生ゴミの堆肥化に取り組んでいる小田原市の農家や篤志家が、小田原市当局にゴミ問題の対応策と情報の提供を申し込んだことがあったそうだ。

最初は協力的だった行政側は次第に情報を出さなくなってしまった。そのことを農家の人が首長選挙の立候補者予定者の公開政策勉強会で発言していた。

行政側は、非公開の理由については明らかにしなかったそうだが、恐らくゴミ問題では処理場や廃棄場所が明らかになると住民の反対運動が起きる、それを心配して非公開でコトを進めようとしているらしい。

ゴミ問題に限らず葬祭場や火葬場、刑務所などの新設や移転などでは、洋の東西どこを見ても諸手を挙げて受け入れ賛成を言う地域などありはしない。

原子力発電の使用済み燃料の終末処理施設だって同じだ。極端な言い方だが、日常生活を支えるのに大切なものであっても終末処理の段階となると自分のところはゴメンだ、他のところでやって欲しいというのが普通である。人間のエゴイズムがむき出しになる。

ゴミ問題ではどの主婦も(いや舛添厚生労働相もいた)、廃棄ゴミの袋を決められた集積場に持って行ってホッとして急いで帰ってくる。

嫌なものは早く自分の手から離してしまいたいという人間の本能、自然の行動である。さきの首長立候補予定者の勉強会でも、山形と徳島から来た地元のボランティアが異口同音にそう言っていた。

堂々と胸を張って、しかも気持ちよく、ゴミ出しが出来ないのは普通の姿である。

その集会では、徳島県上勝町では例えば捨てる割り箸は腐敗臭を消すためにナント洗ってゴミとして出している、ゴミとして廃棄する使えない蛍光灯も割れているものと割れていないものとを分別して出す。

そうしたら分別ゴミは併せて34種類になったという。細分化した家庭ゴミの廃棄に成功した事例として紹介されたが、軌道に乗るまでには試行錯誤で6年以上も時間がかかったそうだ。

その町では34種類の分別ゴミの再生先まで明示している。住民分別ゴミの処理先が分かるからさらに興味を持ってゴミの処理が理解される。

いまこの町ではゴミの収集はしていない。小さな町だから出来るのだろうが、住民はゴミ・ステーションに持ち込んでくる。お年寄りなどはシルバーセンターが有料(低額)で回収している。

山形県長井市のボランティアの話では、8年もの試行錯誤の結果、生ゴミを金属や化学製品などの混ざらない堆肥にして契約農家に買い取って貰っているそうだ。

地元での循環型社会が出来た。この成功事例は広く東南アジアでも実用化されているそうだ。成功の陰には女性パワーが大きかったとその講師は言っていた。

私たちが生活している市街地では、家庭から出たゴミ収集袋がカラスに荒らされ汚れ放しになっているのをよく見る。山形や徳島の事例はゴミを扱う行政や地域住民の意識が、見るのもゴメンというゴミから、ゴミを再生させる動きに変わったいい事例だろう。

簡単に見えることだがこれがなかなか出来ない。住民と行政当局などと協働作業に理解が生まれるのに時間がかかる。

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