我が独楽歌

太田隆啓

以前、「わの会」の文集に「この10年間、愉しみは」を寄稿して以来、「たのしみは…」の「独楽吟」の歌人、橘 曙覧(あけみ)の故郷、越前・福井を是非一度は訪れてみたいと思っていた。昨年(H20)の秋、機会があり、やっと福井を訪れることができた。

橘曙覧の「独楽吟」の中から、

  • 「たのしみは 朝おきいでて昨日まで 無りし花の咲ける見る時」
  • 「たのしみは 庭に植ゑたる 春秋の 花のさかりに あへる時」

など自然の風情を楽しんでいる。また

  • 「たのしみは 妻子(めこ)むつまじく うちつどひ 頭(かしら)ならべて 物をくふ時」
  • 「たのしみは まれに魚烹(に)て 児等皆が うましうましと いひて食う時」

など親子五人の質素な生活の中に楽しみを見つけている。また、

  • 「たのしみは 木の芽にやして 大きなる 饅頭を一つ ほほばりしとき」
  • 「たのしみは つねに好める 焼豆腐 うまく烹(に)たてて 食はせけるとき」

など食うたのしみを詠い、

  • 「たのしみは 銭なくなりて わびをるに 人の来たりて 銭くれし時」
  • 「たのしみは あき米櫃(こめびつ)に 米いでき 今一月は よしといふとき」

など貧しい生活の実感を詠っている。しかし、淋しさはない。

  • 「たのしみは 珍しき書(ふみ) 人にかり 始め一(ひと)ひら ひろげたる時」
  • 「たのしみは 数ある書を 辛くして うつしをへつつ とぢて見る時」
  • 「たのしみは 百日ひねれど ならぬ歌の ふとおもしろく 出できぬる時」
  • 「たのしみは 紙をひろげて とる筆の 思ひの外(ほか)に 能くかけし時」

など、学者として学び、歌人として詠う歌も「独楽吟」五十ニ首に載せられている。

昨年11月、切手収集の例会で、福井支部を訪れた折、一泊し、翌日の月曜日に橘曙覧ゆかりの場所を尋ねまわった。

駅前のビジネスホテルに荷物を預け、福井城跡を通り抜け、37歳から生涯を過ごした藁屋と称した自宅跡を訪ねて一休み。再び照手町の町中を戻り、市内を横切る足羽川にかかる九十九(つくも)橋を渡った。橋の手前の袂に郵便局を見つけ、葉書を求め、風景印を押してもらった。九十九橋が描かれている。

局名は「福井照手局」。局員に「九十九橋郵便局」だったら良いのにと話すと以前はそうでしたが、改称されましたとのこと。橋を渡った向こう側がひらがなの「つくも」の地名だが郵便局はないとのこと。

わの会

九十九橋を描いた福井照手局の風景印と水仙を描いた福井中央局の風景印

橋を渡って、観光案内図に載っている曙覧の生家跡(現在、福井市つくも1丁目)を探すが判らない。通る人も少なく、あちこち歩き回り、また九十九橋に戻った。やっと地元のおばさんが通りかかったので、訪ねてみた。ここだよと指し示したところは、交差点の角の小さな石碑。さっき通ったところだった。車道側に立っていたので、歩道を歩いていては、見落としてしまったわけだ。

お目当ての「橘曙覧記念文学館」は、愛宕坂を上ればすぐそばだ。きれいに敷き詰められた石畳の上り坂を登っていくと左手に文学館の看板を見つけた。入口に立ってみると「本日臨時休館」の張り紙。

事前に入手した資料では、年中無休と書いてあったので、どうしたことかと思案に暮れていると、文学館の道を隔てた向かいの「愛宕坂茶道美術館」から女性の係員が出てきたので、尋ねてみたら、正月以外は休館はないが、半年続いた昨日までの展示の入れ替えで今日だけ臨時休館とのこと。入口の扉を開けてくれ、パンフレットのみ頂いた。遠路来られたのにと残念がり、茶道美術館は開いていますから、茶でもどうぞと誘われる。

 


 

「九十九」という語の読み方がなぜ「つくも」なのか、不思議であった。この文章を書くに当って調べてみた。

「つくも」と読むのは、九十九にあと一つ付くと「百(もも)」になることから来ているという。長寿の九十九歳は、白寿ということは知っていたが、「九十九」の読み方は知らなかった。伊勢物語に「百年(ももとせ)に一年(ひととせ)たらぬつくも髪 」とある。

なお、和数字としての読み方は、「ここのそ あまり ここのつ」と読むらしい。


 

さて、曙覧の「独楽吟」五十ニ首にならい、「たのしみは…」の歌を書き溜めていたものが、五十首を超えていた。その中から昨年作ったものなど幾つかを紹介します。その殆どが信州への帰省の列車の中や、旅先で時間をもてあそんだ折にメモしたもの。

昨年の秋、越前を旅した折に

たのしみは 秋の越前 訪れて 越前そばに カニ食らうとき
たのしみは 初めて食いし おろしそば 更科そばと 比べ食いし時
たのしみは 秋の越前 訪れて 焼き鯖食らい 酒を飲むとき

福井の土産に若狭塗り箸を求めて

たのしみは 若狭塗り箸 買い求め 帰り着たりて おろしたる時
たのしみは 土産に買うた 若狭箸 今日の夕餉に おろしたるとき

 福井の町の曙覧を訪ねて

たのしみは 曙覧も見たり この野菊 九十九の橋に 見つけたるとき
たのしみは 福井の城に 九十九橋 巡りて曙覧 庵見るとき
たのしみは 福井を巡り 九十九橋 曙覧の庵 見つけたるとき

  昨年は、源氏物語千年紀。若き式部が過ごした越前・武生にて

たのしみは 秋の最中の 菊人形 紫式部 偲ぶとき
たのしみは 赤、黄、紫 色添えて 菊人形の 絵巻見るとき
たのしみは 野菊に沿いて 偲ぶ道 黄金の式部 会い見たるとき
たのしみは 秋の武生の 式部園 千年を偲び 源氏読むとき

 信州へ帰省の途中にて

たのしみは 梅雨の最中の 八ヶ岳 思いもかけず 姿見るとき
たのしみは ローカル線で 行く信濃 秋の装い また見たるとき
たのしみは 各駅停車 ゆったりと 紅葉肴に 酒を呑むとき
たのしみは 各駅停車 小渕沢 甲斐駒見たく ホームに立つとき
たのしみは 故郷に向かう 列車にて 見慣れた景色 またも見るとき

信州の帰省先からの帰りの列車にて

たのしみは 往きには八つは 雲隠れ 帰りに晴れて 八つ見えるとき
たのしみは 信濃を出でて 甲斐に入り トンネル抜けて 富士見える時
たのしみは 唐松林 黄に染まり 赤き紅葉葉 見つけたるとき
たのしみは 唐松林 枯れ葉散り 隠れし富士が また見えしとき
たのしみは 紅葉葉落ちて 秋深し 木立に透けて 富士を見るとき

信濃の故郷に帰りて

たのしみは 秋の葉落ちる 故郷(さと)の庭 秋鳥来たり 名を当てしとき
たのしみは 秋深まりし 故郷(さと)の庭 名前のわかる 鳥来たるとき
たのしみは 故郷(さと)の秋 やや寒し 炬燵出し出で 暖をとるとき

安曇野の秋と春

たのしみは 秋の安曇野 よく晴れて 遠嶺に白き 雪を見るとき
たのしみは まだ春浅き 安曇野で やっと雪形 見つけたるとき

昨年の暮れ

たのしみは 今年も筆で 年賀状 墨乾くまで 眺めみるとき
たのしみは 年末ジャンボ 買い求め 年明けるまで 開けず待つとき

昨年は、わが故郷の家の柿、たわわに実りて

たのしみは 秋の信濃路 帰り来て 我が家の庭の 柿食らうとき
たのしみは 我が家に帰り 柿とりて あまたの柿の 皮をむくとき
たのしみは たわわに実る 柿とりて 母と二人で 柿をむくとき
たのしみは 今年は表 柿なりて 取り尽くせずに 柿残すとき
たのしみは 今年も残す 残し柿 熟して後に 鳥食べしとき

曙覧の独楽吟に因み「たのしみの歌」をつくる

たのしみは 還暦で知る 独楽の歌 古希訪れて 曙覧知るとき
たのしみは 指折り数え 独楽の歌 駄作、連作 詠みているとき
たのしみは たのしみの歌 指折りて 字余りもなく ふと収まるとき
たのしみは たのしみの歌 なぞらえて 五十二の歌 創りたるとき

終わり

わの会

わたしの絵手紙~曙覧の独楽吟の「たのしみは 紙をひろげて

0465-82-6700